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「十字架から聞こえる『渇く』」

2022年4月10日 礼拝説教 後藤弘牧師 ヨハネの福音書第19章28-30節


28 それから、イエスはすべてのことが完了したのを知ると、

聖書が成就するために、「わたしは渇く」と言われた。

29 酸いぶどう酒がいっぱい入った器がそこに置いてあったので、 

兵士たちは、酸いぶどう酒を含んだ海綿をヒソプの枝に付けて、

イエスの口もとに差し出した。

30 イエスは酸いぶどう酒を受けると、「完了した」と言われた。

そして、頭を垂れて霊をお渡しになった。


 今、お読みしたみ言葉の中に「聖書の言葉が成就するために」とありました。新約聖書にたびたび出て来る言葉です。旧約聖書に書かれている言葉が実現するという意味です。聖書を読み始めたときには、そうか、神さまが書かれた台本を、イエスさまが役者のように演じたんだなと思いました。また信仰を求めている方といっしょに聖書を読んでいると、同じように「イエスさまは台本通りに十字架に架かられたのですね」と言われることがよくあります。みなさんは、どう答えられるでしょうか。

 イエスさまは、ゲツセマネの園で、血の滴のように汗を流しながら祈られ、十字架に架かられることを、父なる神さまのみこころと受け止められました。私たちの救いのために父に見捨てられることを受け入れられたのです。そのとき、父のみこころとイエスさまのご意志はひとつとなりました。父のみこころは私たちの救いです。「聖書の言葉」、この時は「旧約聖書の言葉」ですが、聖書の言葉には、父のみこころが表れています。イエスさまは台本を演じるようにではなく、父のみこころとイエスさまのご意思とひとつとなって、私たちを救うために自ら十字架を負われました。それは17節の「イエスは自分で十字架を負って」というみ言葉でも明らかです。


イエスは自分で十字架を負って、「どくろの場所」と呼ばれるところに出て行かれた。そこは、ヘブル語ではゴルゴタと呼ばれている。(17節)


「自分で十字架を負って」という言葉を「自ら十字架を負われた」と訳している聖書もあります。イエスさまは十字架を負わされたのではなく、ご自分で自ら負われたのです。

伝道者パウロは、Ⅰペテロ第2章24節で、同じように「キリストは自ら十字架の上で、私たちの罪をその身に負われた」と言いました。


キリストは自ら十字架の上で、 私たちの罪をその身に負われた。 それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるため。 その打ち傷のゆえに、あなたがたは癒やされた。(Ⅰペテロ第2章24節)  


イエスさまが私たちの罪を負われることは、子なるイエスさまが罪人として、父なる神さまにさばかれ見捨てられることです。父と子が引き裂かれることです。コインの表と裏を、あるいは一枚の紙の表と裏を引き裂いて分けることができないように、父とイエスさまは決して分かつことができない愛によってひとつに結ばれていました。しかし、イエスさまが十字架に架かられるなら、父に見捨てられ、父から引き裂かれてしまうのです。決してあってはならないことが起きてしまうのです。

 イエスさまはご自分の意志で、自ら十字架を負われ、神に見捨てられる苦しみを自ら受けられました。肉体の痛み以上に、ひとつとなっていた愛が引き裂かれた苦しみです。神の父と子だけしか知り得ない深い深い苦しみです。たとえ復活があることを知っていたとしても、自らの意志がなければ、十字架の死に向かうことはできません。聖書の預言の言葉はイエスさまが実現した言葉となりました。

 イエスさまは私たちの罪のために見捨てられ、永遠の初めから受けていた父の愛を失いました。十字架の上で父の愛を求めても求めても、子の思いは闇に吸い込まれていくばかりでした。「わたしは渇く」。身も心もいのちも渇き切ってしまいました。今日、受難週の初めの日、イエスさまの「わたしは渇く」という言葉を心に刻みたいと思っています。


 「渇く」という言葉は、子どもでも知っている言葉です。子どもが走り回って遊んだあと、こう言います。「あ~あ、喉が渇いた」。今年の夏も厳しい暑さになることが予想されているようですが、私たちも夏の盛りに外を歩けば、「ああ、喉が渇いた」とつぶやきます。

 また私たちは肉体の渇きだけでなく、心の渇きも経験しています。特に若いころ、その若さのゆえ、心の渇きをまっすぐに感じるのではないでしょうか。私が高校生だったとき、家族にも学校にも友人にも恵まれ、やりたいなと思うことをする自由もありました。しかしそれでも、いつも何か足りないような思いがありました。心の底が渇いていたのです。その渇きは、時に、心だけではなく胸や体をも焦がすような思いになることがありました。私は高校に自転車通学をしていました。ある夏の日の帰り道、あと10分で家に着くというところで、激しい夕立が降ってきました。通り雨なので、道沿いの店先で雨宿りしていれば、すぐに雨雲は過ぎ去ることは分かっていました。降り始めから打ちつけるような激しい雨にあたっていたら、ふっと、心の渇きをこの雨で潤したいという思いがわいてきました。私はそのまま自転車を漕ぎ続け、川に飛び込んだかのようにびしょびしょになってしまいました。一時、満たされたような気がしましたが、心の渇きは変わらなかったことを覚えています。不幸にもこの渇きは神さまにしか満たすことができないということを知らなかったのです。

古代の優れた神学者アウグスティヌスは多くの著書を残し今でもよく読まれています。アウグスティヌスの言葉を何度か紹介したことがあります。このような言葉です。「あなたはわたしたちを、ご自身にむけてお造りになりました。ですからわたしたちの心は、あなたのうちに憩うまで、安らぎを得ることができないのです(『告白』)」。神さまのもとに帰らなければ、神さまのうちに憩わなければ、安らぎは得られない、平安を得ることができない。言い換えると「神さまのもとに帰って、神さまに潤していただくまで、私たちは渇き続ける」ということです。このことを早く知りたかったと、今、思う。しかし、神のみこころによって、イエスさまに出会うまでとどめられていました。

 私たちは神さまに出会うまで、心の渇きは自分の努力でどうにかできると考えてしまいます。また渇いていても満たされているんだと思い込もうとする傾向もあります。私たちは年齢を重ねながら力をつけたり、能力を伸ばしたり、いろいろなものを獲得します。そのような自分の力で得たものによって、渇きを埋めようとします。また、失敗や挫折で自分の無力さにつまずき、妥協することや諦めることを覚え、心の渇きを見て見ないふりをするようになります。アメリカの牧師は、大人になればなるほど、渇きを胡麻化すのが上手くなるんだと指摘していました。人は、努力をしようとしても、胡麻化そうとしても、心の渇きに鈍くなっていくのかもしれません。


 しかし、神さまは私たちの渇きを知っておられます。礼拝の初めにお読みした招きの言葉は詩篇第42篇でした。私たちの渇いているたましいを、鹿の求めに重ねながら明らかにしています。先日の詩篇第22篇の説教の中で、「死の陰の谷」についてお話をしました。「死の陰の谷」のモデルになったと思われる谷がある。それはユダヤにある深い渓谷。冬の雨季には、谷底は雨が集まって川となって流れている。しかし、夏の乾季にはからからに乾いて、旅人の通り道にさえなる。夏の最中、1頭の鹿が、太陽の突き刺さるような陽射しのなか、喉ばかりか体中が渇いてしまい、水を求めて彷徨っていた。そうだ、ひょっとして谷底には水が流れているかもしれないと、最後の望みをかけて、渓谷の断崖に刻まれている細い坂道を下りて行った。やっとの思いで谷底に着いた。からからに乾いていて川どころか水の一滴も見当たらない。思わず天を仰いで、ああ、と大きく喘いだ。ただの喘ぎではありません、水を飲むことができなければ、死が口を開けて待ち構えているのです。生きるか死ぬかに関わるのです。これは他人ごとではありません。神さまが私たちに、いかに私たちの心が渇いているかを教えてくださっているのです。気づいていようが気づいていまいが、私たちのたましいは、生ける神を求めて、呻いている。神にお会いして、いのちの水で潤していただきたいと喘いでいる。そうしないとたましいが死んでしまうからです。いつ、神さまにお会いできるのだろうか。詩篇第42篇1・2節。


鹿が谷川の流れを慕いあえぐように 

神よ 私のたましいは あなたを慕いあえぎます。

私のたましいは 神を生ける神を求めて渇いています。

いつになれば 私は行って 神の御前に出られるのでしょうか。


 新約聖書に収められている伝道者パウロの手紙の冒頭には、必ずと言っていいほど教会の人たちに平安が与えられるようにという祈りが記されています。例えばローマ人への手紙第1章7節にはこういう言葉で祈られています。


ローマにいるすべての、神に愛され、召された聖徒たちへ。私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたにありますように。


裏返せば、神を信じているキリスト者でも、日々、神さまから平安をいただかなければ、心が渇いてしまうということを知っているからです。私たちは心配や不安のただ中をかき分けるようにして生きているからです。思わぬ出来事に襲われて立ちすくんだり、途方に暮れてしまうからです。小さな悲しみや痛みや苦しみも私たちの渇きになるからです。「わたしたちの心は、あなたのうちに憩うまで、安らぎを得ることができないのです」。

人は自分の力で頑張れば、努力すれば、心の渇きを満たすことができるんだという自信を持っています。しかし理不尽な出来事が起きれば、そのような自信は朝露のように消え去ってしまいます。


 私の父は、自分の力で頑張って強く生きることを信条としてました。私が洗礼を受けようと思っていると報告したとき、信仰は弱い者のするものだときっぱり断言しました。そのような自信は、戦場を生き抜いた経験から来ていました。南方のジャングルを進んでいく中で、敵の銃弾で隣にいた戦友たちが次々と倒れていきました。生き延びるために戦場でなければ決して口にしないものを食べました。まさに死に物狂いで這いつくばって生き延びた経験でした。健康にも人一倍気をつけていました。雨の日でも食後の散歩を欠かしたことはありませんでした。あるとき、前立腺がんの検査を受けるので、病院に付き添って欲しいと言われました。それまでそんなことはなかったので不思議な思いがしました。父の自信がぐらつき始めたときだったと後から気づきました。そして、脳梗塞で倒れたとき、自分の力ではどうすることもできないことを知りました。死の恐れの前で、心の底の底にあった神さまへの渇き、永遠への渇きがあったことに気づかされたのです。父は、主の恵みによって、聖書の言葉を信じ、イエスさまによって、神のうちに憩うことができました。


 イエスさまこそ、私たちの心の渇きを癒してくださる方であることは、聖書のたくさん記されています。たとえば、ヨハネ第4章13-14節では、サマリアの女性にこう言われました。


イエスは答えられた。「この水を飲む人はみな、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。」


このように私たちの渇きを潤す方が、十字架の上で、「わたしは渇く」とおしゃった。大きな謎です。矛盾と言ってもいいかもしれません。まことの神であるイエスさまが、肉体を持ったまことの人となられたからです。

 2006年、韓国の異端「摂理」が、日本中の大学のキャンパスで活動して大きな騒ぎとなりました。異端は聖書の真理から大きく逸脱した教えを説くグループです。日本での本部は千葉市にありましたので、千葉大の学生を、特に新入生を、いろいろな手を使って勧誘し大きな問題になっていました。朝日新聞が一面で報じて、千葉大も近隣の教会も混乱に巻き込まれてしまいました。摂理の教義の最も真理から逸脱している点は、人間であるイエスは十字架で死なれたので、人びとの救いに失敗した。摂理の教祖・鄭 明析(チョン・ミョンソク)こそ、救いを達成する真実の救い主だと説いていることです。聖書をふつうに読んでいれば誰でもまやかしものだと分かるのですが、多くの人が騙されてしまいました。鄭明析は、2009年、こともあろうに婦女暴行で10年の刑に処されました。鄭明析が釈放されるまでの間も摂理は存続し、最近の集会には2~3万人が集まると報道されていました。現在、日本でも活動を続けていて、千葉大でも暗躍しています。教会内部にも入り込むこともあるので、気をつけなければなりません。

 この世は罪深いので、教会が生まれた時から、さまざまな異端が雨後の竹の子のように生まれては消えて行きました。多くの異端は、イエスさまはまことの人であるけれども、神ではない説いています。聖書の真理は、イエスさまは、まことの神であり、まことの人です。だから十字架の上での渇きが激しかったのです。


イエスさまの渇きの激しさについて、先ほどの詩篇第22章の15節に記されています。


私の力は 土器のかけらのように乾ききり 舌は上あごに貼り付いています。 死のちりの上に あなたは私を置かれます。


イエスさまのお口の中は、土器のかけらように潤いはまったく失せてしまい、舌があごに貼り付くほど渇き切っていました。荒野や砂漠に落ちている土器のかけらは、乾き切っているだけではなく、いのちの滅びの匂いをも漂わせています。イエスさまの肉体は、十字架の上で、土器のかけらのようになり、死の滅びに引きずり込まれていました。十字架はまさに「死のちりの上」だったのです。

 イエスさまは、真実に渇き切っておられたので、兵士たちが差し出した酸いぶどう酒を飲まれました。結果、詩篇第69篇21節のみ言葉が成就したかたちになりました。


彼らは私の食べ物の代わりに 毒を与え 私が渇いたときには酢を飲ませました。


イエスさまは、聖書が成就するためではなく、ほんとうに渇いておられたから飲まれたのです。このぶどう酒が十字架のそばに置かれてあったのは、兵士たちのための飲み物だったからです。この酸いぶどう酒は、兵士や庶民が飲む安物のぶどう酒です。酔うためではなく水のように飲むためのものです。みなさんの中に、マルコの福音書やマタイに福音書ではぶどう酒を拒否されましたことを覚えている方もおられるでしょう。その時のぶどう酒は痛み止めの没薬、鎮痛剤の一種の没薬が入ったものでした。


彼らは、没薬を混ぜたぶどう酒を与えようとしたが、イエスはお受けにならなかった。(マルコ第15章23節)


イエスさまは鎮痛効果のある没薬で苦しみを和らげることを拒否なさったのです。私たちの渇く苦しみをすべて知って私たちに渇きに共感できるようになるためでした。


 私たちは、心の渇きが激しい時に、喉も激しく渇くことを経験します。イエスさまが十字架で言われた「渇く」は、肉体のまことの渇きであると共に、霊的な渇きでもあるのです。主イエスの霊的な渇きとはどういうものなのでしょうか。

 ルカの福音書第15章にイエスさまが語られた3つのたとえ話があります。3つに共通の主題は「神さまは失われたものを見つかるまで捜す方」です。ひとつ目は羊飼いと羊のたとえです。羊は羊飼いのところから迷い出ると、生きて戻ってくることはできません。羊飼いはたった1匹の羊でも迷い出てしまったら見つけるまで捜します。羊飼いはイエスさまで、羊は私たちです。私たちも神さまのみもとから迷い出てしまったら滅んでしまいます。イエスさまは、愛する羊がいなくなると、心配でなりません。なかなか見つからなければ、悲しみや苦しみが深まり、大きな心の渇きとなります。イエスさまの渇きは、神から迷い出てしまった私たちを求める渇きです。

 イエスさまにとっての迷い出た羊は、神が愛して造られた世界のすべての人です。すべての人が救われるまで、イエスさまの渇きは癒えることはありません。イエスさまは、今、ご自分を十字架につけている兵士も指導者たちも民衆も愛しておられなす。すべての人が、神から失われ、滅びに急ぎ足で向かっているので、渇いておられるのです。早く父のもとに帰ろう、わたしが死んで父のもとに帰る道になろう。土器のかけらとなって言われたのです。「わたしは渇く」。

 救われた私たちも、ふっと、神さまから迷い出てしまいます。イエスさまは愛するがゆえに、見つけるまで、あきらめることはなさいません。私たちが神のもとから失われ、滅びに向かって歩んでいるのを見ていられません。イエスさまの「渇く」という御声が聞こえるとき、私たち自身が、神を失って渇いていたことに気づくことができます。イエスさまがこの私を求め続け、あきらめないで捜し続けておられるが分かるのです。私たちはイエスさまに見つけていただいて、神から離れていたことを悔い改め、イエスさまのうちで安らぎをいただくのです。


 2006年真夏、母が熱中症から脳幹拘束を起こし、20日の入院の後、天に帰りました。亡くなる朝、面談時間ではなかったのですが、早朝、聖霊に導かれて病院に行きました。ナースステーションで、母の体の力が弱って、水分を排出できないので、水やジュースは飲ませないように言われました。病室に入って、母の顔を見ると、確かに顔色は赤みを失っていました。母は私を見つけるなり、喉が渇いたとかすれた小さな声で訴えてきました。水分を控えるように言われたことを伝えると、しぶしぶ分かったような顔をしました。しかし、すぐにまた「渇いた」。また説明。それでも「渇いた」。あまりにかわいそうなので、唇に水を塗ってやるぐらいならいいだろうと思いました。持っていた水のペットボトルのふたを開け、人差し指に水をつけ、それを母の唇に、そっと塗りました。母は唇を舌で舐めて、満足そうな顔をしました。よかった。しばらくすると「渇いた」と言って、また水を求めました。母の「渇いた」という言葉で、イエスさまが十字架の上でおっしゃった「渇く」という言葉が、私のうちに落雷のように激しく下りてきました。もう一度母の唇に水を塗ろうとしたら、喘いでいる母の口の奥に、イエスさまの「渇く」とおっしゃっている唇が見えました。ああ、イエスさまが母といっしょに渇いてくださっている。私は母の唇に塗りながら、イエスさまの唇に水を塗ってさしあげました。このとき母はとても嬉しそうにうっすら笑顔になりました。私は聖霊に背中を押された気がしたので言いました。「お母さん、イエスさまはお母さんを愛しておられますよ。イエスさまを信じて、これまでの罪をごめんなさいをして、洗礼を受けませんか」。母がはっきり頷きました。

 午前中は朝食や検査や回診もあるだろうと思い、ちょうど病室に来た看護師に、洗礼式をしたいので、都合のよい時間を教えてくれるようにお願いしました。それから、病室から出て、電話で実家にいる妻に讃美歌を持ってくるように伝えました。これで洗礼の準備は整ったと思って、病室に戻ると、母がまた水を求めてきました。今度もイエスさまに塗るように母の唇に水を塗ったとき、聖霊が、洗礼は今だと言われたのです。えっ、水はどうしよう、ペットボトルの水で大丈夫。すぐにふたりでの洗礼式を始めました。聖書を読んで、祈って、ペットボトルの水で、父と子と聖霊の御名によって洗礼を授けました。ほんとうに不思議でした。洗礼を終えてから、母は水を求めませんでした。先ほどまでの渇きは、喉の渇きもあったのでしょうが、たましいの渇きだったのです。30分くらいだったでしょうか、母が苦しそうにしたので、看護師を呼んだところ、母を見て、顔色が変わりました。急いで戻ったかと思うと、さまざまな計器を運んできて、酸素マスクを母につけました。母は、しばらくして最後の息を神さまに委ね、イエスさまに手を引かれ、天の父のもとに帰っていきました。洗礼はあのタイミングしかありませんでした。


 私たちは心渇くとき、心に不安が暗雲のように広がります。そして神さまが遠くに去ってしまわれた、神がともにいてくださらない、神さまの御顔が見えない、と思ってしまいます。しかし、神さまの御顔が見えない思ったときでさえ、神さまをしっかり見ることができるところがあります。十字架です。十字架の上におられるイエスさまを見ることができるのです。十字架の言葉を聞くことができるのです。「わたしは渇く」。私たちが渇くとき、イエスさまは私たちの渇きをいっしょに渇いてくださいます。十字架のもとに永遠の泉があります。さあ、十字架に急ぎましょう。




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